私が開院した理由

こちらではわたしの開院に至るまでの経緯をお話します。
長文ですが、是非お読みください。

 

後悔しない生き方がしたい

私が開院した理由

わたしがカイロプラクティックの世界に入ったのは2003年10月です。

そして、大学を卒業したのはそれよりも2年以上前の2001年3月。

つまり最初からカイロプラクティックをやろうということなど頭にないどころかカイロプラクティックという言葉さえ知りませんでした。

大学卒業後、わたしは一般企業に就職をして、営業として配属された大阪で奮闘していました。

とてもやりがいのある特殊な仕事でしたが、慣れない土地ではりきりすぎたからでしょうか。体を壊してしまいました。

その頃から自分の生き方を真剣に考え始めました。

「このまま続けてもまた体を壊すぞ。」

不安が湧き起ってきました。絶望的な不安が。

「何かが違う。」

それは、自分が楽しめていないこと。生活のためとはいえ、

「きっと誰かの役に立っているんだ」と強引に言い聞かせながら、

我慢して、妥協して、毎日忙しい生活も「これは充実しているんだ」

と頭で言い聞かせながら毎日過ごす。

この状態を続けたとき、将来、わたしは自分の置かれている状況を周りのせいにして酒の席などで愚痴を言う。

イライラして家族に当たり散らす。そんな毎日がちらほらと見えてしまいました。

 

カイロプラクティックとの出会い

そんな時です。

手を使って人を元気にするカイロプラクティックというものを知りました。

「カイロプラクティックほど素敵な仕事はない」

わたしが後に入学する大川カイロプラクティック専門学院の大川泰DCの著書です。

この本を読んでわたしは希望ができました。元気になったんです。

本を読んだだけでです。

いろいろあると思います。学校に入ってもらいたいからいい事しか書いていない宣伝本なんだからとか。

そうだとしても、少なくともここにいるわたしという人間を元気づけたのです。

まだよくカイロプラクティックがわからないけど、なんとなく良さそう。楽しそう。

わたしは体育大学を卒業しています。体に関しては全く違う世界のものというわけではなく、おおまかな筋肉や骨の名前や動きのしくみも知っていました。

直感でそれを生かせそうな気がしたんです。

そんなこんなで、2003年10月。カイロプラクティックの学校へ入学しました。

 

カイロプラクティックの勉強

カイロプラクティックは面白いと一言で片づけられるものではないものでした。

大川先生はお話が上手です。

「居眠り禁止」といわれていましたがとんでもない。

眠るなんてできないですよ。面白すぎて。

解剖生理学などの基礎医学はもちろん、カイロプラクティックの歴史や理論、カイロプラクティックの名前の意味、カイロプラクティックはどんな効果があるのかなどなど。

大川先生のお話は家に帰って家族に話したくなるので家でも友人と会った時でも話してしまうんです。

だから自然に憶えてしまうのです。

教えてもらう内容は基礎の基礎でしょうが、そのレベルが高い。というんでしょうか、目線が違う感じがしました。

「土台作り」

土台さえできれば、そこから先は自分で学んで吸収してより精度を高めていく。

そうすることでいかようにも進むことができます。

もちろん、土台だけでも元気を与えるのに不自由はありません。

逆にこの土台ができていなければ

どんなに効果が高いという技術を学んだとしても自分のモノにはなりません。

当院のカイロプラクティックが他の周りの治療院とは違うところのひとつ。

「痛み取りではなく体づくり」というスタイル。

土台作りをすることでその場しのぎではなく、今から未来までの生活の質を高める。

というのはここからきているのだと思います。

 

現場での修業~とごし銀座院にて~

学院卒業の2ヶ月くらい前に、直営院の大川カイロプラクティックセンターとごし銀座院でフルスタッフとして働き始めました。

学校で学んだことは例えるなら1つの「道具」です。

その道具を今度は現場でどのように使うのかを多くの患者さんと接する中で教えていただきました。

「カイロプラクティックは予防医学」

「カイロプラクティックは仕方なく通うところではなく楽しく通うところ」

など、学校で教えてもらったこと。

カイロプラクティックが他のいわゆる「痛みとり」の治療院とは違うというところを現場で目の当たりにしました。

中でも大きな気付きは、カイロプラクティックに訪れる患者さんはただ治すことに満足しません。

治ったとしてもなぜ治ったのか尋ねてきます。体のことにとても関心が高いのです。

わかりにくいですか?

つまり例えば、

レストランに食事に行く。といった時に以下の考え方の違う2人のお客さんがいます。

1人は

「食べられればいいよ。お腹いっぱいになれば何でもいいよ。」

というお客さん。

一方もう1人は

「この料理はどんな素材が使われていてどこの産地のものでどんな調理法で作られたものなの?なぜこのようなメニューを考えたの?このメニューの名前の由来は?」

料理を深く知って、それも合わせてじっくり味わうお客さん。

カイロプラクティックに来院する人は言わずともわかりますね。そう、後者です。

こういったスタイルを貫くと、一人では一日に何十人もの人が来院することはありません。

1人でやっていたら8人も見ればいっぱいでしょう。

ですから待合室にたくさんの人を待たせて流れ作業のような施術は行いません。

予約を受けて1人1人じっくりと対応します。

わたしはこのスタイルがとても合っています。

今でもこのスタイルを貫き、1時間の枠を取って施術をしています。

たしかに痛みを取るだけなら5分もあれば施術は終わってしまうでしょう。

あなたの大切な時間を奪うことはしません。ということも言えるでしょう。

そういう意味ではとても効率が悪いかもしれません。

でも、どうでしょう。

大好きなアーティストのコンサートに行って、5分で終わってしまったら。

カイロプラクティックは病院ではなく、通うのが楽しいところです。

来院する人は忙しい中、時間を調整して予約をします。

忙しいからこそ院で過ごすゆっくりとした1時間弱のひとときはとても貴重なものなのだと思います。

楽しいひと時が終わると疲れていた顔が一変。笑顔で帰っていくのです。

もちろん、メンテナンスの人はもう来る時から楽しみでニコニコしてますが。

やろうと思えば必要最低限のことだけを聞き、説明もなく治療だけを短時間で行うことはできます。

病院的な治療。という考え方ではなく、飲みに行く。食事に行く。テーマパークへ遊びに行く。

こういったことはできれば終わってほしくない。

そんな院こそが元気に出来る場所だと思います。

それがカイロプラクティックなんだとわたしはとごし銀座院で働きながらそんなことを教えてもらった気がします。

 

府中に開院

カイロプラクティックの世界に入ってから4年半。

2008年4月。念願の独立を果たし今に至ります。

府中に開院したのはなんといってもわたしが生まれ育った場所ですから。

おかげさまで我慢することなく、妥協することなく、楽しく自分の手を使って来院する皆々様方に元気な笑顔を見せていただいています。

今思えば、よくあの一冊の小さな本を見つけたものだと思います。

今までお世話になった方々に感謝し、これからのご縁を大切に末永くお役に立てていければと願っています。

長い文章、お読みいただきありがとうございました。

新田カイロ整体 院長 新田卓弘

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